pianque's blog "blackstar"

北関東の某市で暮らすpianqueが日々感じたことをつづります。表題とかけ離れた記事が増えてきたのでタイトルを変えました。

病院にかかる前の心の制御について

外来診療ではたくさんの人と話をするのですが、こちらが説明をする際に、できるだけわかりやすく説明するように心がけつつも、基本的には「一度の説明では理解されない」と思って説明しています。

実際、一度の説明で理解されることはほぼなく、たまに一度の説明でほぼすべて理解してしまうツワモノの出現にこちらが驚いたりしていますが、そういう人はたいがい同業者とかいわゆる「プロ患者」的な方々とか、まあそういうことかなと思っています。

理解していないことについて聞き返してくれる場合はまだよくて、理解していないことをそのままに帰ってしまう人が結構います。次回来た時に言われたことが全くできていないなどはザラなので、気長に説明することにしています。

ところで、私は自分のクリニックでは漢方外来をやっていますが、症状の説明が普通の内科の外来よりもだいぶ難しくなります。

気虚」とか「気逆」などの気の異常に関するワードを、「怪しくならないように」説明するのにはどうすればよいか?今でも結構腐心しています。

さらに専門性としては中医学のため、「肝火上炎」などの四字熟語的ワードになると、短時間での説明はほぼ不可能です。この辺、中国人の医師と患者なら字面を見ながら、もう少し話が合いそうですが、中国語と日本語の漢字の語感ってやっぱり違うんですよね。

なのでもっと大まかに、日本漢方の概念を使って話をしていることが結構あります。

こうした漢方外来での説明の難しさはさておき、ここでは普通の内科の外来にかかるさいの、医師及び患者さんの対話について、話をしてみようと思います。

 

前述しましたように、患者さんは医師からの説明を結構スルーしていると思っています。

それは、「話が難しいから」というのも勿論あると思うのですが、それ以上に話を聞く際の心の態度が反映されているがと感じています。

「すべて医師にお任せするので話をいちいち聞いてもしょうがない」

「不安で、どこも悪くないという医師の言葉が信用できない」

「先生が怖くて質問できない」

「面倒なので話の要点だけ聞きたい」

などという感情の部分が強いと、どうしてもまっすぐに話を聞けないかもしれません。

メモをとるのは有効でお勧めしたいです。

しかし何よりも、(辛いから病院に来ているわけで難しいのですが)「言われていることをそのままに聞いて、聞いたことについて自分で感情的な色付けをしない」ということが大事だと思います。

例えば、「あの先生の言い方が不親切だった」「あのスタッフの態度が悪かった」ということは、往々にしてある(同業者を代表して、すみません…)と思いますが、そのことで頭がいっぱいになってしまうと、その先生が言っている大事なことを聞き落とす場合があります。

これは医師側の問題が非常に大きいので、そちらが変わっていかないといけないのですが、現状では医師も人間とあきらめて、患者さんがちょっと医師よりも大人になるぐらいの余裕があった方が精神的な疲労が少ないと思います。(重ね重ねすみません…)

または、診察室で自分の発した言葉についてあれこれ考えてしまう、医師の言葉尻をとらえて自分なりに解釈してしまう、検査データの細かい数字が気になってしまい、医師の「大丈夫」いう言葉が入らない、処置などに伴う羞恥心で頭がいっぱいになってしまう、などもこれに当たると思います。

このようにして話を聞かない結果、自分の頭で医師の言葉や検査結果を解釈したり、自分の症状について頭の中であれこれ考える(単なる頭痛に対して「血管が切れたのではないか?など)、ネットで自分の症状を調べて怖い病気を見つけてしまうなど、病は気から状態になっている人がいます。

(ネット情報は上手に探すと正しい情報が得られますが、単語のみの検索で出てくるものは往々にして誇張的であり、比較的しっかりしたソース元ですらそういうことがあります)

病気は、一般的に思われているほどクリアに説明できるものはむしろ少なく、常に曖昧さの中にあります。

その曖昧さを自分の頭で解決しようとして解釈を加えてしまう、その焦りが「検査に答えを求める」傾向や(これは医師もですが…)、「その検査の間違った解釈」につながり、下手をすると偽りの診断に納得してしまい、自分の身体に対する正しい理解の機会を逃してしまう、そんなことにもなりかねません。

なので、病院にかかる時は、自分の苦痛や不安をよく把握しつつも、「言われた通りに話を聞く」ようにすると、もっと話が分かりやすくなると思います。

一言一言、そのままに聞くのはなかなか難しいことです。

そのためには日ごろから、ある種のトレーニングをするとよいかもしれません。

私自身は、ある程度以上の強度を持った身体の鍛錬が、このトレーニングに有効ではないかと考えています。鍛錬が正しければ、自分の身体に対する信頼感もできますし、身体へのコントロールがある程度きくようになると、偶発的に起きた苦痛や不調に対するとらえ方が変わってくるかもしれません。(そのためにはそもそも健全な心が必要なので、この部分はもしかしてトートロジーになっているかもしれません)

この場合の身体のコントロールというのは、当然のことながら、タバコやお酒、安定剤/睡眠薬やカフェインを使ったムードのコントロールや、食事制限による体重のコントロール、下剤を使った排便のコントロール、感情の抑圧などとは対極の所にあります。

患者さんは話を聞くだけでなく、診察室で自分の症状を述べる、質問をするなど、自分からも話をしなければなりません。

医師の中には患者さんに研修医レベルのプレゼンを期待する人もいるため(苦笑)すごく緊張するはずです。

完璧に話をする必要はまったくないと思いますが、一つだけ、時系列をはっきりさせることはとても大事です。できればいつから症状が起きてどう経過したのか、待合室で待っている間、頭の中で整理しておくとよいかもしれません。

あと、話が迂遠すぎて症状からほど遠い所から始まってしまうと、なかなか本題に入りづらいため、「自分」という要素をできるだけ薄めた説明をするとよいかもしれません。そうすると近所のお友達に言われた所から話が始まらなくてすむと思います。

また、「自分の体ってこういう体」「自分はこういう体質」という自己把握は誰しもあると思いますが、人間の体はある程度は誰でも同じですし、とくに西洋医学はその共通性を前提にしていますから、「以前に××の病気にかかった時に同じことが起きたから今回も同じ病気」ではなく、過去に起きたことは一応話つつも、今回の事は今回の事として、話をしてみてください。

質問については、「医師に聞いたほうがいいと言われている」薬の飲み合わせや服用時間についての質問はとても多いです。自己判断で大事な薬を「風邪を引いたから」とやめてしまう人もいるので、聞いていただけるのはありがたいと思います。

一方で、素朴な疑問として内側から起こってくるような質問は、比較的少ないかもしれません。医師の話など冷静に聞くとツッコミどころ満載だったりするので、'that is a good question'と何故か英語で言いたくなるような質問をお待ちしています。

「このコレステロールの薬は飲んだほうがいいんでしょうか?」

例えばこれはいい質問です。ただし答えはそんなにクリアカットではないんですが…。

 

医師の側の問題は、前回の同テーマ記事と同じような話になるのですがとても大きく、知識量が違うというだけで患者さんを見下しているような態度をとる人が多いのは残念なことです。(自分ももしかしてどこかでやっているかもしれません…)

あと、患者さんが教科書的な症状を訴えないと不機嫌になるとか(笑)人間の体は共通とはいえ、個人の体験としてはそれぞれ違ったものになり、そこから診断につながる話を引き出すということは、医師の教育としてもっとあってもいいかもしれません。

また、開業医に多い印象ですが、説明をあまりにも簡単にしすぎてトンデモ系になっている人がいます。(コレステロールの薬を飲まないと死ぬなど)時間がなかったり、理解が難しい人ならいっそ中途半端な説明はしないか、そうでなければ変に省略しすぎず説明した方がいいと思います。

医師の心の持ち方についてはこの本に詳述されています。まあ本の中の「ショートカット」だけではダメだという話もあるんですが。

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医師にかかるということは、自分の健康を人に預けるということでもあるため、それなりに真剣勝負です。そのためには、かかる人、診察をする人の両方に、感情を制御して人の話をそのままに聞く心の態度が必要と感じています。