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pianque's blog "blackstar"

北関東の某市で暮らすpianqueが日々感じたことをつづります。表題とかけ離れた記事が増えてきたのでタイトルを変えました。

千葉麗子さんや片岡鶴太郎さんに思うこと

千葉麗子さんや片岡鶴太郎さんなど、有名人でヨガをやっている人が何とも残念なことになっているという事実は、ヨガをお勧めするものとしては大変心が痛むものです。

それぞれの方がどういうことになっているかはネットで調べて頂くとお分かりいただけるかと思いますが、本人たちがどう思っているかはともかく、とくに千葉さんは、傍目にはあまり幸せそうに見えません。

ヨガをやっている人が政治的主張を持ってはいけないということではないですし、状況により必ず主張すべきことは出てくると思いますが、彼女がメディアやネットで繰り広げている一連の言動は、やっぱり、幸せではない人のやることに見えます。

さまざまな事情があったのでしょうが、彼女が告白している不倫問題も、それは配偶者との絆を深められなかったということでもあるので、少なくともヨガ的な生き方ではないと思います。

挙句、不倫相手について本であれこれ暴露してしまっているようですが(読んでいないのでもし間違っていたらすみません)、その暴露が世間的にネタにはなっても、誰を幸せにするのだろう?というのが問題です。

 

彼女のやっているヨガは「インテグラルヨーガ」というものらしいですが、ヨガの持つ膨大な世界を「統合する、まとめる」などということは、少なくとも他の色々な活動をしながら片手間にできるものではありません。

ヨガを専業にしている人にすら非常に難しいことです。

人間は、どうしても自分の思い込みにとらわれてしまうものであるという自覚があれば、「まとめる」という行為自体が「いいとこ取り」、つまり、本質の理解からはほど遠くなるということに気づくはずです。

 

もともとヨガに興味を持つ人の中には、一定数、心に問題を抱えていたり、精神面で少し不安定だったりする人がいます。

女優さんなどがヨガにはまるのも、たんに美容的関心からだけではなく、不安定な仕事などでそうした問題が起こりやすいからと考えることもできます。

ヨガをやっている女性にはもともと綺麗な人も多いのですが、綺麗な人ほど色々精神的に問題を抱えやすいという例は枚挙にいとまがありません。

なので、精神的問題を抱える人達が(男女問わず)一つにはその解消手段としてヨガを選ぶわけですが、実際にはヨガのアーサナ(座法)を行うだけではそれらの問題は解決しません。

アーサナを行う際は、その前提となる「ヤマ」と「ニヤマ」という概念がとても大事で、これらのものは不可分です。

その二つができるようになることはとても難しく、ほとんどの人にはおそらくできませんが、少なくともそれに近づいていこうとする姿勢は持ち続ける必要があります。

 

片岡鶴太郎さんに関しては、やっぱりグル(導師)が悪かったのではないかと思うのですが、そうではなく自己流の解釈でやってしまったということかもしれません。

ただ、片岡さんの場合、ご自身は幸せに感じていらっしゃるかもしれないので、そうであれば他人がどうこう言う問題ではないかもしれません。

私が問題に感じているのは、一日数時間にもおよぶヨガや瞑想が本当に健康によいのか?ということだけです。

人間は健康のために生きているわけではありませんし、ヨガには、一つのアーサナを行えばそれで充分という考え方もあるのです。

 

おそらくですが、ヨガに本当に真面目に向き合っている人というのは、メディアで有名になる人ではないと思います。

そういう所にあまり興味を持たないでしょうし、それで心が満ち足りているからです。

 

それにしても、「ヨガをやっていて不幸になるのはヨガが悪いからではなく、特定の人が個人的に悪いからだ」的な話の展開というのは、イスラム教やキリスト教の人が、「イスラム教やキリスト教は悪くない、一部の人が過激で極端なだけだ」と言い訳するのと同じで、書いている本人すらある種の自己欺瞞を感じてしまっている点で、世間的にはアウトな話かと思います。

ヨガはマットの上のアーサナにとどまらず、実は生活のいたるところにある、ごくありふれたものなのだということに気づけば、そのありふれたものに注意を向けることで、人によっては別に「ヨガ」をあえて行わなくても幸せになれるかもしれません。

ただ人によってはヨガの修練を行った方がよりそうした意識を持ちやすくなるため、そういう人はヨガを行った方がいいと思います。

ヨガが、日常から離れた特別なものになった瞬間に、それは暴走する可能性を持つのかもしれません。

 

あるいは千葉さんは、ヨガをやっていること自体が苦しいのかもしれません。

ヤマもニヤマも、それに縛られると感じるのであれば、それは苦痛以外の何物でもありません。

もしそうであるならいっそヨガなどやめてしまったらいいのにと思ったりもします。