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pianque's blog "blackstar"

北関東の某市で暮らすpianqueが日々感じたことをつづります。表題とかけ離れた記事が増えてきたのでタイトルを変えました。

身体感覚を磨くということ

前回のエントリーの最後にこの必要性を書いたのですが、色々な人を見ていて、身体感覚が欠如していると思う事がしばしばあります。

例えば高齢者は血圧のことを常に気にしています。医師が高血圧の危険性を大々的に喧伝しており(ほぼやりすぎに近い)、実際に血管疾患のリスクになるとはいえ、それだけが健康の指標でもないのに、まるで健康の指標のごとく扱われていることがあります。

血圧が急に上がると不安になって病院に行く人がいますが、大抵の場合それだけであれば問題ありません。

高齢者は身体感覚がそもそも鈍くなるため、自分の身体を観察するということは難しいのかもしれません。体のあちこちが痛かったり不具合があったりで常に不調だということもあります。

70過ぎの風邪の人に「今日お風呂に入ってもいいですか?」と聞かれて、この人は今まで自分の数倍風邪を引いているはずなのに、その時どうだったのかをきちんと覚えていないな…と思うことがあります。自分を観察するというのはこういうことを覚えており、直感的にどうすればいいのか分かるということです。

インフルエンザや急性胃炎腸炎などになると、もう死ぬかもと思うぐらい具合が悪くなりますが、大部分は自然によくなります。こういう経験も観察対象になります。

高齢者だけの話ならよいのですが、問題は若い人も最近、数値や画像で分かるものに頼ってしまい、自分の感覚や直感を信じなくなってきているということです。

少し気になることがあっても健康診断が正常なら無視してしまっていたりします。

反対にちょっとした頭痛やめまい、動悸などを過度に心配している人もいますが、それもやはり身体感覚の欠如であり、色々頭で考えすぎているのです。

(ここの話をもう少し突っ込んで書きたいのですが本筋からそれるので次回にします。)

「観察」と「あれこれ考えすぎてしまう」は、同じではありません。むしろ不安は症状を必要以上に増悪させてしまいます。

前にツイッターで書きましたが「自分の症状は更年期障害ではないか」と言って来る人が、30代前半から70前の人までいるというのはどう考えてもおかしいです。

更年期が40年間も続いたらそれはもう更年期ではありません。

自分の不調に何かの名称を与えないと治療できないと思うというのが、いまだに診断学偏重の日本の医学の趨勢から来ているものなのかどうかは分かりませんが、とにかく「病名が決まらない」と多くの人が非常に不安になるようです。

それならば一度自問自答するべきことは、

「この症状は本当に病気なのか?」

ということなのですが。

 

今の人たちはネットなどで医学知識を、すべて正しいかどうかはさておき、結構持っています。

その上でやることとしては、体を動かして自分の体に注意を向ける時間をきちんと作るということがあります。

お子さんのいる方なら、お子さんを通して多くのことが分かりますし、そうでない方は、ぶらぶら散歩してみたり好きなスポーツのクラス(動きの激しくないものがよりおすすめ)に参加するなどがありますが、重要な点は、仕事などで体を動かすのではなく、自分の体に意識を向けるための動きをするということです。

後は、不規則な生活をやめ、健康的な食生活を心がけ、お酒を控え、過労に気をつけ、十分睡眠をとり、昔の人のように生きることができれば一番いいのですが、大部分の人にそれができないのは仕方ありません。

せめて大きな病気をしている人はそうした方がいいと思います。

頭で考えすぎるのではなく、逆に頭で体をコントロールすることの限界を知るということが目的です。

そしてもし本当に不調が起きた場合、多くの場合には焦らず少しの間は自分で経過を観察するとよいと思います。

多少長引いても最後には自力でよくなってしまうものが多いからです。

(例外もたくさんありますがここでは省略します。)

この観察がうまくできるようになると、漢方も自分でいろいろ使いこなせるようになりますし、効果の出方も変わってきます。