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pianque's blog "blackstar"

北関東の某市で暮らすpianqueが日々感じたことをつづります。表題とかけ離れた記事が増えてきたのでタイトルを変えました。

患者よ、がん以外にも闘うべきものはある

雑記

ネット上で医療関連で問題になるテーマのひとつに、「医療否定本」とそれを厳しく批判する医師達の応酬(といっても否定本の著者自身はそれを無視しているという状況も結構ある)というのがあります。

その代表的な本が近藤誠氏の「患者よ、がんと闘うな」とそれ以降のがん放置療法であったり、他反精神医学、反医療関連の記事を書き、facebookなどで多数のフォロワーを集める某氏の本だったりします。

近藤氏はテレビにも出演し、医師達がそのテレビ局に抗議したりしています。

中には、近藤氏に少しでも好意的なことを書くとものすごく批判されてしまい、医師同士の世界なので謝罪するしかないという状況も見る事があります。

(医師って他人の発言をきちんと読んでないです、ホント…。)

某氏の主張に出てくる反精神医学については話がかなり複雑で、まともに論じようとすると本を一冊書くぐらい気合いを入れないと書けないためここでは省略します。

ただ、実際問題としては、某氏の主張を見て断薬した人で、その後普通に生活している人もいれば、社会とのかかわりを失っておそらく病の根としてもっと深くなっている人や、さまざまな副作用に苦しんでいる人も見ます。

つまり断薬しても何も起こらない人というのは最初から薬が要らなかったかもしれない人であり、これは精神科の診断技術の問題だと思うのです。

そして断薬しても何も起こらないぐらいの人は、社会とのかかわりも十分に保てるため、自分の経験をネットで公開して理解され、賛同者を集めることもできます。

反精神医学以外の反医療的な記事の中には正しいものもありますが、おそらくソースが米国などの結構怪しい団体や個人で、pianqueもそういう米国の動画をいくつか見た事がありますが、彼らの主張は医学的に正しいかどうかというよりむしろイデオロギー的なものです。

こうした主張を見た場合、彼らが「誰のためにそう主張しているのか」「本当に我々の利益のためにそう主張しているのか」を考えることは、とても大事です。

あと、食品の安全問題など身近な話題も多く、pianqueのfacebook友達も某氏のページに「いいね!」を押したりしていてガックリくることもあります。某氏については色々書いていて、それを全然読んでいないということですから…だからfacebook嫌いなんです。ログイン機能で他サイトにアクセスしているのと、親族の近況は見たいので、退会できないのですが。

(食品の安全問題については、とてもここでは書ききれないため、書く機会があればまた、改めて書くかもしれません。)

ネット上の医師たちはこうした「医療否定論」のフォロワーたちを色々揶揄するわけですが、医学について普段触れる機会がおそらくあまりない人達なので、仕方がないという気がします。

何より思うのですが、近藤氏や某氏の主張というのは多分「トレンディー」なのです。

うちの母も近藤氏の本や「薬はいらない」という薬剤師の本を読んで「一理あると思う」といいつつ、毎年大腸検査を受け、薬も飲んでいます。

つまり反医療本やサイトというのは「こうなればいいよね」という理想の世界であり、多くの読者は本を読んで一時的にそういう気になっても、実際に病気にかかると普通に病院にかかって薬をもらうのです。

自己啓発本のように「読んだら自分が変われる気がする」という「その場の高揚感」を与えるためのものなのかもしれません。

ナチュラル志向の人(多くはもともと体が丈夫で比較的若いため、あまり病気をしたことがない人)や病院の対応に不満を持ったことのある人にも、それらの受け皿として受けると思います。

「こうなればいいよね」ということで受ける内容だからテレビに出るわけです。

たまに、否定本を本当に実践して癌を放置し、結果的に亡くなる人がいます。

それは本を読んでイデオロギー的に共感したということであり、家族や医師の忠告を聞かず、他の説を一切読まずに実践したのであれば、それは本人が自分の命よりイデオロギーを優先したということです。

医師の側からすれば歯がゆいわけですが、それは「放置しなければもっと長生きできたかもしれない」ということの他に、少しだけ「俺の話を信じなかった」という自分に対する患者の不信感に憤りを感じているということもあるかもしれません。

がんの治療は、標準的治療を受けて順調に行くことも、順調にいかないこともあります。

順調に行く場合はあまり議論にならないので、順調にいかない場合が問題になります。

がん治療の副作用に苦しんでいる人もたくさんいますし、寿命を数ヶ月延ばすために高額の薬を用いることに関しての保険適応上の問題提起も出始めています。

がんの進行には個人で差があり、「末期がんであらゆる治療を受けても予後2年」と言われ全ての治療をやめ、6年経っても健在というケースもありますし、当然治療せずに実際に2年で亡くなる方もいます。

こういう事例を見た場合、どうしても、自分は前者になるだろうと思ってしまうと思うのです。しかしこれはがんの予後の見通しが難しいということだけの話です。

逆に医師達は、代替医療を受けていたがん患者さんに「代替医療に行ってしまったばかりに命を縮めた」という言い方をするのですが、自分たちの治療でも副作用が出たり、死亡例が出ていることについてはあまり言及しません(事前に患者さんには告知されていますが)し、代替医療が奏功している部分については完全にスルーということがよくあります。

その理由のひとつは、商業的な代替医療が自分たちの治療の効果を過大に宣伝し、あたかもその治療をすれば癌が治るかのようなほのめかしをするからではないかと思います。

これでは医師が信頼しなくても仕方ありません。

中医学や漢方までそれと一緒くたにされるのはかなり迷惑ではありますが、漢方と言ってもかなりいい加減で商業的なものもあるため、いい所を探してくださいとしか言いようがありません。これも病院だって実はそうなのですが。

 

pianqueは中医学の効果をさまざまな状況で確認していますが、中医学と西洋医学は、共存するべき性質のものと考えています。

中医学も実はイデオロギー的な部分があり、まともにいくと西洋医学と衝突する部分が色々出てきます。これは逆もそうです。

そこでどう折り合いをつけるかなのですが、これは患者さんによって変えるべきです。

そして患者さんにとって必要なことは、医師の話を7割ぐらいはとりあえず信用する(そのためには医師の話についていける程度の知識も必要ですし、かなり知識をつけると医師が話す内容もだんだん変わってきます)ことと、3割は疑うこと、そしてイデオロギーにとらわれないことです。

要するに自分が良くなれば手段は何でもよいわけです。ただし、どのくらいの期間でよくなるかは人によるので、焦ってあれもこれもやらない方がいいとは思います。

病気にかかると不安になり、テレビ番組や健康食品の広告、「他のお医者さんに変えたら」という友人の忠告、「薬は体に毒です」と謳う代替医療、同様の症状である治療をやったら著効したという話、医療否定本、などさまざまなものが目に入ってくると思いますが、そうやって気持ちを動かしてしまうものがこの文章のタイトルである「闘うべきもの」です。

「医師を変えたほうがいい」という友人は、実は自分の気持ちの反映だったりします。病気になって不安になるのは自然な感情ですが、一旦そうであると分かったら、腰をすえて、7割信じて3割疑うをやっていくしかありません。

もし3割の部分がだんだん増えてきた場合には、医師を変えてもいいかもしれません。

正しい知識を持つということも大事ですが、それ以上に自分の身体感覚を磨き、自分で異常に気付くということも非常に大事です。