pianque's blog "blackstar"

北関東の某市で暮らすpianqueが日々感じたことをつづります。表題とかけ離れた記事が増えてきたのでタイトルを変えました。

ワインにおいて「上」を目指すということ

ワインにあまり興味のない方はよくお分かりにならないかもしれませんが、世の中ワインファンというのは本当に多いと見ていて思います。

個人ブログも、ワインショップも星の数ほどありますし、同好会やワインスクールなど、たくさんあります。

とはいえpianqueの住んでいる市にワインスクールなどというものはさすがに存在しませんし、酒屋主催のワイン会は結構店主の主観が反映されるような印象があります。

先日自由が丘ワインスクールのHPをのぞいてみましたが、そうそうたる講師陣(たくさん在籍されているようです)で、どうせ行くならそこまで行きたいものです。

自由が丘は遠いのですが、行けないこともない距離です。

しかしそこで問題になるのが「自分は何のために勉強するのか?」です。

私はもともと資格試験のたぐいが一切嫌いで、資格のために勉強するということがありません。

職業関連の資格はとらないと仕事できなかったり、不利だったりするので仕方なくとりましたし、短期留学時は必要だったので中国語試験も受けましたが、高等を受けることもできたのですが必要なレベルをとればいいと思って初中級だけ受けました。

なぜそうなるかというと、ほとんどの資格はあまり実用的ではなく、そのスクールの経営や商業的目的であることが多いと感じているからです。

資格マニアの人は世の中いらっしゃいますし、勉強熱心で素晴らしいと思いますが、pianqueの場合急がず時間をかけて理解することの方により興味があります。

ただワインに関しては、スクールで勉強することで、折角出会ったものをより深く理解できるかもしれないとは思っています。

ただ、その結果行き着くものが「レトリックの美しさに終始する表現」だったり、「本来の姿を過度に増幅した表現(ワイナートの田中氏の文章にこれを感じていましたが、批判された理由はここにもあったのではないかと思います)」であったり、「自分にしか分からない表現」だったり、畑やヴィンテージの違いという要素的な議論に終始してしまうという場合、それはやはり自分の目指す方向ではないのです。

色々なワインの楽しみ方があっていいと思います。

勉強しなければワインを飲んではいけないかというと、私の連れ合いのように味覚が鋭ければ十分「分かる」のです。

お金持ちがあまりワインのことを勉強せずにロマネ・コンティをどんどん開けていたら、勿体ないとは思いますが、その人にはお金があるのでしょうがないでしょう。

最近「人はなぜ中級者にとどまるのか?」というブログを読ませていただきました。

上級になるためには、徹底的なテイスティングと、余分なものを食べず普段から心身を健康にし、教養をつけ、体に悪いものを避ける、というのは確かにその通りです。

pianqueもマクドで食事を済ませた人がその後にグランヴァンを飲むというシチュエーションは確かに勿体ないと思いますし、たばこを吸う人も随分勿体ないと思います。

どうしても味覚が鈍くなってしまうからです。

普段の食事もなおざりにしていると味覚はやはり鈍くなります。

ブルゴーニュに関して食事が不要というのもとびきりいいワインに関しては正論です。

しかし、人には色々なワインの楽しみ方があり、ワインはもともと食中酒であることを考えると、ワインのプロフェッショナルを目指す人以外は中級にとどまるのでいいのかもしれません。

そして「上」というのは、必ずしもワインスクール的な知識と経験のみで行けるものでもないと思います。

その人にとっての「上」があるからです。

たばこを吸ってワインを飲むのが至福という人もいるでしょうし、それはその人の自由なので否定できません。一緒に飲みたくはないですけどね。

何より真剣に上に行こうとすると、ワイン業界以外の人はとんでもないお金がかかるかもしれません。底の深い世界というのはやっぱり怖いものです。