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pianque's blog "blackstar"

北関東の某市で暮らすpianqueが日々感じたことをつづります。表題とかけ離れた記事が増えてきたのでタイトルを変えました。

科学=宗教の話

雑記

現在世界的に問題になっている生命科学技術や医療の倫理的問題はいくつかあり、代表的なものを挙げると、

 ・遺伝子組み換え農産物

脳死と臓器移植

・ヒトの遺伝子操作

代理出産

・中絶

男女産み分け

安楽死

・薬剤の臨床試験に伴う動物実験開発途上国での治験

・新たな治療法の治験や実践に伴うインフォームド・コンセント

 

他にもあると思いますが省略します。

この中で青字にしたものには日本国内でも議論が結構あり、「何となく怖い」と感じる人も多いはずですが、それ以外はどうでしょう?

欧米では遺伝子組み換えや中絶に対しては活発な議論がありますが、逆に臓器移植や安楽死に関しては、国によって日本より許容的な所もあります。

何故こういう違いが出るのはというのは、欧米と日本の文化の違いとしか言いようがないのですが、欧米の特徴は「いのちの始まりを操作することに対する根強い不安」があり、それは間違いなく宗教的文化の背景があるからです。

生命の創造は神の領域だからです。

しかし一旦命を受けた後は「自分の命」であり、自己責任で終末を迎えることに関しては、必ずしも悪とは言えないということなのではないかと思います。

(厳格なキリスト教徒はそうではないはずですが)

対して日本人は「いのちの終わりを人為的に作る」ことへの不安という感じです。

この不安にはっきりした根拠はないものの、正しい不安だと思います。

対照的に例えば日本では、遺伝子組み換え作物の問題は、安全性さえクリアできればOKといったところではないかと考えています。

 

日本では科学は神なのです。

神の真実であればそれは正しいのです。

そして、科学という「神」の許す所であれば、それを実行することを日本人はためらいません。

ネット上にも「神」の信者があふれています。

 

しかしこれが非常に怖いと思う部分なのです。

 

Pianqueも若い頃は、宗教上の神の不在が、科学の発展につれ、根源的な魂の不安を救済できず、絶対的な倫理観を提示することのできないカオスな社会になりうるということにあまり気づいていませんでした。

かと言って自分自身も特定の宗教はないのですが、あえて言えば「道」の信者です。

昔の倫理観も、世間という共同体の価値観の共有もなくなり、さらに欧米で許容され普及した技術を日本が追従する形で受け入れた時に、そこでより深刻な神の不在の問題が起こるのではないかと危惧しています。

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